もっと市民のためになる流山市政」を創るために

上勝町、ゴミゼロの

    小泉氏が政権を獲得した時の公約は自民党を変える・日本を変える・構造改革なくして景気回復なし


個人献金はなぜ必要か? 

自民党が斡旋利得罪におびえるわけ

森田実


2000.5.20
政権交代が日本を救う唯一の
道である



 5月14日、小渕前首相がお亡くなりになりました。慎んでご冥福を祈ります。
 自公連立政権は、小渕前首相とご遺族への国民の同情を総選挙に利用しようとの狙いのもとに6月8日に内閣・自民党合同葬を計画していますが、
5月15日の森首相の大失言「神の国」発言に国民の関心は集中し、同情票獲得戦略にかげりが生じています。

 4月上旬以降の政治状況を振り返ってみましょう。
 4月上旬の小渕首相の緊急入院を契機に、政治をめぐる国内の空気が一変しました。
 3月末まで小渕政権の支持率は低下傾向にありました。しかし、森新政権の登場とともに世論調査の自民党支持率の低下が止まりました。
森政権の成立過程には青木官房長官の嘘など数々の疑惑が指摘されているにもかかわらず、森内閣支持率は末期の小渕前政権を上回っています。
5月上旬に行われた多くの世論調査は「自公」連立大勝を予測していました。

 もしも6月25日の総選挙で自公連立政権が信任されることになれば、野中幹事長一派と公明党・創価学会による独裁的政権が、
「国民の支持」を大義名分にして強権政治に向かって大進撃を始めることが心配されます。
 野中幹事長一派の「恐怖政治」によって「自公」権力がマスコミを支配し、マスコミを使って全国民をマインドコントロールしようとするおそれがあります。
 自民党と公明党・創価学会を批判する者の権利が剥奪されるおそれが強まります。
国民主権も基本的人権も批判者には保障されなくなる危険性があります。
 一宗教団体によって政治権力が行使され、他宗教が弾圧を受けるおそれすら大きくなるかもしれません。

 蔓延するおかしな空気
最近、地方の企業や経済団体、地方公共団体が主催する講演会に招かれたときにとくに感ずることですが、
地方リーダーのなかに「自民党中心の安定政権で景気を回復してほしい。政権交代などないほうがい」という声をよく聞くようになりました。4月上旬の小渕首相の緊急入院後とくに目立つようになっていました。

 「景気さえよくなれば……」という企業家たちの気持ちは理解できますが、民主主義を軽視する傾向があるのはいただけません。
 そのうえ、政権交代が混乱を生むという見方が前提になっているのは困ったものです。この固定観念が非常に強いのです。
 これは明らかに間違った見方です。九〇年代に入って韓国、インドネシア、台湾等々のアジア諸国だけでなく、
欧米各国でも政権交代が数多く行われていますが、混乱はありません。
 むしろ政権交代により新しい活力が生まれていますし、政権交代を実現したその国の国民の国際的信用も高まっています。
民主主義国における平和的な政権交代は国民にとって大きなプラスなのです。政権交代によって新しい活力が生まれるからです。

 それ以上に憂慮されるのが地方の経済界に蔓延するおかしな空気です。
 極端に言えば、「景気さえよくなれば独裁政権でも構わない。宗教政党に牛耳られても構わない。民主主義などなくても構わない。
どんなことでもできる強力な政権のほうがいい」という歪んだ意識です。政治に対して目先の経済的利益だけを求めているのです。

 しかし、経済的利益だけを求め、政治道義と民主主義をないがしろにすれば、政治は腐敗します。
腐敗政治のもとでは経済社会の健全な発展を望むことはできません。経済界が過剰な保護を巨大政権に求めることは経済界の自殺行為です。正義と公正と民主主義は健全な自由経済の基礎です。


政権交替が日本を救う
自民党中心の政権では、新しい時代の政治を担うことは不可能になったと私は思います。その理由を説明します。
 第一は、自民党が単独政権論を放棄したことです。
 これは、自民党が日本の政治を担う自信と意思と能力を失ったことを意味します。自民党はこの結党以来の危機を自己改革によって乗り切ろうとせず、
公明党・創価学会にすがることによってカバーしようとしています。自民党は自分自身の力の衰退を創価学会に頼って補完しようとしているのです。
自民党は政党にとって最も大切な独立自尊の精神を失ってしまったのです。これでは政権を担う資格はありません。

 第二は、自民党政権が国益を主張し、国益を守る力を失ったことです。
 最近、日本の金融財政政策は細かなことまで米国政府の事前の承認を得なければならなくなっているようです。
日米両国に関わるすべての問題について、日本は事実上米国の従属国になってしまっています。日米協調関係を維持しつつ、
より対等な関係に変えることは、自民党政権下では不可能です。自立政策を打ち出している民主党を政権の座につけることが必要なのです。

 第三は、自民党が民主主義を守る意思を失ってしまったことです。


 
2002.5.9
2002年後半の政局展望


 2002年通常国会(後半)の特徴
 第一。汚職事件続発。鈴木宗男氏をめぐる疑惑追及は後半国会の主要なテーマにな るが、疑獄事件はこれにとどまらない。
新たな疑獄事件が次々と表面化する。  自民党は高度成長期を通じて確立した金権政治を90年代の不況期を通じて改革する ことができず、
不法行為に手を染める議員が続出した。このなかでとくに際立ってい たのが鈴木宗男氏だ。

いま、自民党の政治家が行ってきた数々の不法行為が建設会社 などの直接の関与者の内部告発によって暴かれようとしている。
少なくとも2002年中 は政界は汚職事件で大揺れになると私は予想している。  

政界混乱の結果、衆議院解散・総選挙か内閣総辞職という事態が起こる可能性が高 まる。総選挙が実施されれば、
自民党は大敗北を喫し、民主党が第一党になり政権交 代が起こる可能性すらあると思う。  

第二。小泉内閣は今国会で、有事法案、個人情報保護法案と人権擁護法案(マスメ ディアではこの二法案は「メディア規制法案」と呼ばれている)など、
有事対応のための国民の基本的人権抑制と言論の自由制限の法制化を強行する構えである。このほか健康保険法改正、
郵政関連法案についても反対勢力の抵抗を押し切って強行成立を はかる構えをとっている。  

小泉首相は、今まで衣の下に隠してきた、岸信介元首相の系譜に属する右翼政治家 の本性を露わにしたのである。
小泉政権がめざしているのは戦時即応体制の確立である。小泉内閣は成果を上げることができない構造改革路線から軍事と治安対策強化の
路線に方向転換したと見ることができよう。

 第三。小泉内閣の経済対策をめぐる内部対立と首相の無為無策。小泉首相は、日 銀、金融庁、
財務省の対立を調整する意思も能力もないことが明らかになった。内部 対立を放置したままである。

無責任そのものだ。新たな経済的危機が予想されるな か、小泉政権の無政府状態がつづいている。  

野党やマスメディアはこの小泉内閣の体たらくに目を向けようとしていない。政治 家、官僚、マスコミ、財界に危機感のない状況下で、
中小零細企業の倒産は続発して いる。新たな経済危機が到来すれば、小泉内閣への国民の見方が一変する可能性は高 い。  

このような状況のなかで、小泉首相は衆院解散を断行する意向を仄めかしつづけて いる。しかし、衆院解散には自民党内に反対が強い。
小泉首相が解散断行に失敗すれ ば、もはや小泉首相の前に待っているのは内閣総辞職だけである。


 政治状況変化の底流
 なぜ、どうして、日本の政治はこれほど急激に変わろうとしているのか。小泉首相 はなぜ戦時即応体制の確立を急ぐのか。  
第一は国際的要因。アメリカの巨大化とブッシュ政権の「一国行動主義」。この強いブッシュ政権からの対日圧力の激化。  

アメリカは軍事、政治、経済、技術の面で唯一の超大国となった。現在の世界には もはや一国でアメリカに対抗できる国は存在しない。
それだけではない。アメリカに 逆らう国には平和と安全が保障されないのである。
ブッシュ政権は世界戦略だけでなくアジア戦略においてもクリントン時代の枠組みを根本から変える方針を推進してい る。

ブッシュ政権は新アジア戦略に小泉内閣を手先として使おうとしている。
小泉内 閣が急いで有事法制をつくろうとする動きの真の仕掛け人はブッシュ政権の対日工作 グループである。
 同時に、クリントン時代に北朝鮮政策に関与した日本の政官界の人脈をパージする 動きの底にあるのは、
ブッシュ政権のイラク攻撃の準備とこのための対日新戦略である。

小泉内閣は自らブッシュ政権の尖兵になろうとしている従米政権だ。日本の自衛 隊を米軍の傭兵として使おうとしている。
これが小泉首相が進める有事法制とメディ ア規制法制定の真の狙いである。  第二は国内的要因。  

その1。小泉首相の構造改革と経済政策の失敗。国民の目を軍事問題と民主的権利 制限の問題に切り替える狙いがある。
小泉首相は自らの無能による経済失政を過激な 対決法案を出すことによって隠蔽しようとしているのである。

 その2。公明党=創価学会の右旋回。自公保連立政権成立後の公明党の変化は顕著 だ。
公明党は結党時は創価学会の宗教理念を政治を通じて実現しようとする宗教政党だった。

これが同党の第一期。ついで「人間性社会主義」をめざす革新政党へ。これが第二期。さらに第三期の中道政党へ。
その後一時新進党に参加したが(このときは 「保守・中道」政党)、小渕内閣時代に自自公政権に参加し「保守政党」に変質(これが第四期)。

そして小泉政権とともに「保守反動」政党に変質した。現在の公明党 は有事法案とメディア規制法案の最も積極的な推進者である。

だが、公明党=創価学会はマスメディアでは批判されることはない。なぜなら、不況に悩む大新聞社とテレ ビ・ラジオ局の多くが、
創価学会から広告費をもらうことで経営維持をはかっている からである。
創価学会は自民党と大メディアといくつかの官庁指導層を味方にし、

日本国の支配者的地位を確立しつつある。

創価学会批判者は政府からもマスコミからも睨まれ排除される存在である。  

その3。マスメディアの右傾化。最近、大新聞、大テレビ局は、小泉内閣が法制化 しようとしている「メディア規制」を前に大騒ぎを始めたが、
これが小泉政権を無批判に擁護して御用マスコミ化した結果であり報いであることにいまだ十分気づいていない。

マスメディアは小泉フィーバーの先頭に立ったおのれの過ちと不明をまず反省 すべきである。
マスコミが「メディア規制」に本気で反対するなら、小泉政権打倒の 戦いに立ち上がらなければならない。

一方では小泉首相に媚びを売りながら、他方で はメディア規制反対をメディアを通じて大騒ぎしているマスコミ指導者の姿は滑稽で あり醜態である。
このままでは日本は非民主主義国にされてしまうおそれが強い。マ スメディアは民主主義を守る戦いに立ち上がるべきである。  

もう一つある。「その4」は野党とくに民主党の問題である。野党の無力が第四の 要因である。次項で述べる。


 民主党の課題
 民主党が国民から信頼されない原因はもっぱら指導部の弱さにある。民主党の鳩山代表、菅幹事長のいわゆる「鳩菅体制」が弱体である。

鳩菅体制の弱点とは何か。  

その1。自分自身の力で政権をとる自覚に欠けている。「鳩菅」には他力本願的体質が強い。つねに他党との協力に頼ろうとする。

最近は小沢一郎自由党党首を頼りに しているが、国民が求めているのはたった一人でも戦う強いリーダーである。
国民は 政党の離合集散に飽き飽きしている。「鳩菅」は国民世論の動きに気づかないといけ ない。

要するに「鳩菅」にはトップリーダーとしての資質が欠けているのである。

 その2。「鳩菅」は「言葉」で国民の支持を得ようとしているが、国民はすでに小 泉首相の言葉だけの政治に背を向けている。
国民が政治家に求めているのは実績であり実行力である。  

その3。「鳩菅」には致命的な弱点がある。村山自社さ連立政権に加わっていたこ とだ。
自民党中心の自公保連立政権に代わる民主党政権の指導部は、少なくとも1993 年の自民党分裂、
細川政権成立以後一貫して反自民の立場を貫いてきた政治家によって構成されなければならない。

自民党政権から一本釣りされるような政治家には自公保連立政権に代わる新政権の指導部を構成する資格はない。
とりわけ鳩山代表には致命的失敗があった。鳩山氏は昨年、小泉首相を支持する意向を表明した。これは取り返しのつかないほどの大失敗だった。

野党第一党の党首としての誇りを捨て去るに等しい愚行だった。鳩山氏はこの責任を自覚すべきである。  

その4。「鳩菅」は寄り合い所帯である民主党を共通の理念をもつ一つの政党につくり変える努力を怠ってきた。
このままでは民主党はいつまで経っても「寄り合い所 帯の選挙協同組合」に過ぎない。

少なくとも国民からはそう見える。民主党が自公保 連立政権を倒して政権を担うためには、共通の政治理念、
基本政策を国民に対して示さなければならない。民主党は中道政党として生きる姿勢を国民に示すべきである。

安全保障政策、対米政策、経済政策などすべての基本政策において自立的「中道」路 線を確立すべきである。  

民主党が次の総選挙で政権を狙うためには少なくとも鳩菅体制に代わる新指導体制 をつくる必要がある。
鳩菅体制を変える時間的余裕のない場合でも、総選挙後の首班候補には鳩山・菅以外の人物を選ばなければならない。

民主党が首班候補にすべき人 材は党外にいる。北川三重県知事、橋本高知県知事、浅野宮城県知事のいずれかの擁立を真剣に検討すべきである。
このなかでは中央政界の経験をもつ北川氏がベストだ と思う。  

中央政界にも首班候補者たりうる人物がいる。1993年以来一貫して「野」の立場を貫いて頑張り抜いてきた渡部恒三衆議院副議長である。
行政経験も豊富であり政治家 としての実力もある。民主党中心の中道政権の首相になり得る有資格者の一人である。
民主党内では岡田克也政調会長を推す声もある。私も一時岡田氏を候補に上げたこ とがあるが、
いまだ宰相への強い自覚が芽生えていないとの見方が党内では強い。それにアメリカン・グローバルスタンダードへの傾斜が強すぎる。
弱者への配慮なき発 言も目立つ。民主党に求められているのが「自立」であり「弱者への温かさ」である ことを
理解していない者はトップリーダーとして不適任ではないかと思う。


 政権交代の三条件
 ――大疑獄事件、政府の経済失政による経済混乱、現実的政策をもつ野党の存在  上記の三条件が揃ったとき、
旧政権が崩壊し政権交代が起こる。これは一種の社会 法則である。1948年末の芦田均民主・社会連立政権の崩壊と吉田茂内閣の成立、
1954 年の吉田自由党内閣の崩壊と鳩山一郎民主党内閣の成立、1993年の宮沢喜一自民党内 閣の崩壊と
細川護煕非自民党内閣の成立――この三回の政権交代に共通するのは、上 記の政権交代の三条件が揃った点にある。  

近く行われる総選挙は、以上のうち、(1)大疑獄事件、(2)政府の失政による経済混 乱(深刻なデフレ)の二条件は揃っている。
残りの一つがいまだ不十分であるが、民 主党が北川氏、渡部氏などの新たな首班候補を決定するだけで十分条件が満たされ る。  
2002年7月〜12月に総選挙が行われる可能性は高いと思う。

このときが選挙による 政権交代の絶好機である。総選挙の基本的対立軸は「自公保」と民主党のどちらの政権を選ぶかである。
「鳩菅」は小沢自由党党首を頼りにして連立政権をめざしているように見えるが、 いま民主党に必要なのは他力本願からの脱却であり自立である。

民主党は第一義的にはあくまで単独政権をめざすべきだ。連立政権は総選挙後に新たな議席が決まった上で検討すればよいことであり、
選挙前の小沢一郎氏との固い連携は民主党に期待感を抱いている「弱者層」の支持を失うだけである。
民主党は自らの力を信じる若い政治 家を総結集して単独の政権を狙うべきである。
「鳩菅」がすでに国民の支持を失った古い政治家の代表である小沢一郎氏りにするのは時代遅れであり、滑稽ですらあ る。  

いま民主党がなすべきことは、党の総力を結集して誠心誠意、北川知事らに民主党の首班候補になることを懇請することである。
これによって政権交代をめざす総選挙 を成功裡に戦うことができる。これによっていままで負の役割しかなかった小選挙区 制が正の役割に変わる。
大きな歴史的転換期が日本国民の目の前に到来したと見てよ いと思う。

5/14/2002 6:05 PM


政界大乱・自民解体・新党創生・政界再編劇の読み方

森田実著・199393日、東洋経済新報社 90頁

官僚支配のもとにある日本


外見は議会制民主主義、実体は官僚支配

わが国の戦後政治の実体を一言で表現すれば、形式は議会制民主主義だが実質は官僚支配だということがえ言えよう。

第二次世界大戦に敗れた大日本帝国は崩壊し、それに伴って軍部は崩壊した。鹿、大日本帝国を支えたもう一つの柱であった大蔵省、
内務省を中心とする中央官僚体制は敗戦後も基本的に維持された。

内務省は警察庁、運輸省、建設省、厚生省、自治省などに分割されたが、内務省の基本的な機能は残った。

戦後の日本は経済復興と経済成長を基本路線にして国家経営を行ってきた。この国家目標を追求する上で大蔵省の力はきわめて大きかった。
国家予算の再配分を通じて経済の復興・成長を図るというのが、大蔵省を中心とする中央官庁の路線であった。

この中で大蔵省は「官庁の中の官庁」として位置付けられるような中心的な存在になった。大蔵省はトップ官庁としての地位を不動のものにし、
中央官庁の頂点に立つ。大蔵省を頂点とする諸官庁は、国家財政の再配分を通じて地方への支配力を強め、
更に許認可権と行政指導を通じて経済界に対する支配権を強めた。

地方自治体は財政的に中央官庁に従属するようになった。憲法に明記された地方自治の本旨は空文化した。
各地方自治体は自治省の指揮下におかれることになり、多くの自治体において副知事、
総務部長という重要のポストは自治省官僚によって占められた。
更に知事の座に自治省から派遣された官僚が座るというケースが一般化した。

経済界は、例えば運輸業界は運輸省の管轄下におかれ、全ての運輸関係の経済活動は運輸省の許認可を得なければ行うことは出来ない。
電波を統括する郵政省は電波関係の業務すべてを統括し、許認可によってこの業界を支配している。
また、ほとんどすべての総合建設会社は建設省の支配下に置かれている。

下請け、孫請けを含めれば日本の建設業界は事実上国家管理のものとにおかれたといっても過言でない。

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官僚体制に寄生してきた自民党

このように、戦後の経済復興と経済成長の過程で、かつての大日本帝国の二つの柱(軍部と大蔵省と内務省を頂点とする中央官庁)
のうちの一つである中央官庁が復活しただけでなく、日本の支配権を完全に握った。
ほとんどすべての法律案は所管の各官庁の官僚が作成する。


議会はそれを追認するための機関でしかない。

自民党の国会議員は、政務調査会の各部会で各省庁と癒着している。また、議会における各委員会を通じて各省庁とつながり、
各省庁との一体的関係を確立している。

自民党の国会議員は各省庁の立法活動に協力し、あるいは予算獲得運動の応援団として大蔵省にプレッシャーを掛ける役割を果たしつつ、
各省庁の許認可にもとづく民間支配の上に乗って、民間企業から多額の政治献金を集める体制を恒常的に確立した。
こうして自民党は中央省庁の寄生虫的存在になった。


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それだけではない。自民党は国対政治を通じて野党を子分化し、自民党政治に従わせてきた、子分化された野党は、
自民党を通じて各省庁と深くつながることによって、与野党を含めて各省庁を頂点とする利益配分システムの中に組み込まれている。

総括すれば、戦後の五十年近い経過の中で、日本は大蔵省を頂点とする中央官庁の支配下におかれることになった。
国会は民主主義国らしく見せるためのオブラートに過ぎない。

議会制民主主義国であるとのイメージ作りのために、国会が活用されているに過ぎないといえるだろう。

繰り返すが、日本は敗戦後も、実質的には真の議会制民主主義の国でなく、官僚が支配する中央集権的国家として生きてきたのである。
中央集権的官僚国家という本質を隠す機能がすなわち国会であった。

憲法41条は「国会は国権の最高機関」と規定しているが、しかし、実質において国権の最高機関は中央官庁とくに大蔵省であり、
この実体を覆い隠す包装紙の役割を国会が果たして来たに過ぎなかったのである。


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世界の日本をみる目

前述したとおり、自民党の歴史の中で前半期の岸内閣、池田内閣、佐藤内閣は官僚派主導の内閣であった。
後半期の田中角栄・金丸信・竹下登が支配した時代には、表面上、自民党の指導権は党人派が握った。

しかし、この田中・金丸・竹下の党人派権力体制は汚職によって泥にまみれ、国民の信用を失った。それにより、
田中以後、党人派政治家に指導権を奪われていた官僚派が復活し、政界の主導権を握ろうとしている。だが、
官僚派指導の政治では現在の日本が直面している危機を乗り切ることは不可能だと思う。

理由は何か。

第一に、日本が真の議会制民主主義の国ではなく中央集権定期官僚国家であることは世界中から見抜かれている。

例えばアメリカは最近、日本政府に対して貿易黒字削減を数量で示すことを要求しているが、これは、
日本が中央集権的官僚国家であることを前提にした対応と見なければならない。

政府=中央官庁に対して厳しい要求を突きつければ要求が通る・・日本をそういう官僚国家と認識しているのである。
このようなアメリカの要求を日本が受け入れることは不可能であるが、
もしも受け入れて実現すれば日本はソ連型の計画経済の国と変わらない国になるだろう。

第二に、日米間の交渉に典型的に見られるように、日本の官僚は極めて硬直的な体質を持っていると相手国側はみている。
最近まで、アメリカは日本の官僚との交渉が行き詰まると、つねに金丸・竹下権力体制に直接訴えて状況を打破するという手法を取ってきた。

こうしたことも金丸巨大権力が出来上がった一つの原因であった。

今後、官僚との折衝が行き詰まったとき、各国が第二の金丸、第三の金丸を求めること十分考えられることである。
これにより新たな闇将軍が登場するかもしれない。

そうなれば将来、第二、第三の金丸事件が連続して起こる可能性もある。もしもそのようなことになれば、
国民の政治不信は更に深刻化する。また世界からも相手にされなくなるであろう。

このような第二、第三の金丸事件生み出す条件を官僚体制そのものがはらんでいるのである。


顔の見えない日本の無責任政治体制

官僚体制の欠点の一つは、顔がないことである。

官僚組織の頂点に立つのは事務次官である。会社の社長にあたる。大臣は会長といったところだ。


96頁、4/12/02 5:06 PM

大臣は記者会見などを通じて国民に顔を見せるが、実力者の事務次官の顔はほとんど見えない。
事務次官のもとで重要な役割を担っているのが局長である。民間企業に当てはめると副社長、専務、常務などにあたる。

この局長クラスの顔も見えない。事務次官・・局長・・部長・・課長が官庁の基本がただが、これらは実質的には調整役的存在である。

実際に官庁を動かしているのは、実力ある課長と若い上級課長補佐クラスである。このクラスの集団的意志によって官庁が動かされている。
各中央省庁の実権は課長、課長補佐集団に握られている。

こうした顔が見えない集団が権力をもつということは、責任が明確でないだけに、きわめて危険である。
一種の無責任体制なのである。

選挙によって選ばれた国会議員が責任を持って政治にあたらなければ、国民社会に対する政治と行政の責任を果たすことは出来ない。
このような意味でも、現在の自民党を中心とする官僚指導の政治システムを維持し、あるいは強化するのでは、
今日の日本が抱えている困難を解決することは不可能である。


第五章、腐敗はなぜ起こるのか、

国対政治、族議員政治、閨閥政治・・繰り返し起こる政治腐敗の真因を明らかにする。98頁、02/4/14 822


一、腐敗の温床・・政界から自浄能力を失わせた国対政治

「談合」の政治版

日本どうして「腐敗大国」といわれるようなひどい腐敗政治が行われるようになったのだろうか。

原因は色々あるが、最大の原因は政界に自浄能力がなかったことである。政府与党の政治スキャンダルが発覚してもこれを追及できない野党、
政権交代を実現する力のない野党・・この与野党なれ合い体制のために、わが国の政界は自浄能力を失ったのである。

これが悪名高い国対政治である。

国対政治は、一言で言えば、国際的に極めて評判の悪い「談合」の政治版、つまり国会の裏舞台における与党間の裏交渉、ヤミ取引である。

国対政治は主として自民党と社会党の間で行われてきた。ある自民党国会対策委員長経験者が私に、「人間的に最も信頼できないのは、
社会党右派の一部の議員だ」と漏らしたことがある。この言葉は、「社会党の国対関係者が、
日頃はきれいごとを口にしながら裏舞台では自民党から国対費をもらい、
時には自分から催促するという卑しい行動を繰り返しているのではないか」という私の質問への答えであった。

国対政治の実体は、ふれてはならぬ政界最大のタブーとしてこれまで厚いベールの下に隠されてきた。これには、
今日までわが国の政治報道を独占して来た大新聞政治部にも大きな責任がある。国対政治の全面的解消の努力を怠ってきたからである。


剥がれはじめて厚いベール99ページ02/4/14 90

筆者は「文藝春秋」1993年新年号の「金丸信・田辺誠の兄弟仁義」において、醜悪な国対政治の実体の一部にメスを入れたが、
その後、この分野の究明は少しずつ進め始めている。
93年春、国対政治を映像で報道しようという努力がテレビで行われた。

ニュース・キャスター鳥越俊太郎らの「ザ・スクープ」(テレビ朝日系)のチームである。93313日に放送された同番組は、
国対談合政治の実体の一部をはじめて赤裸々に画像を通じて明らかにした。

そこでなされた証言の一部を再現する。田村元・前衆議院議長(自民党国対委員長経験者)「何人かの野党の方に(カネを)渡した。


100頁、02/4/14 912

個人に・・(野党議員の)なかには催促するものもいた。国会の中で(廊下で)すれ違いざまに渡すこともあった。
委員長が空いているときには、そこで渡すこともあった。スパイみたいなものだ。

ボクのときは百万円単位。国対費のことは絶対に喋らないことにしている。紳士協定、
いや悪党協定にもとるから・・」墓石をしょっても喋ってはいけない」

加藤六月・元自民党政調会長「(国対費の)ささやかな臭いは嗅いだことがある」

河村勝・元民社党副委員長「自民党がもってきたことはあります。かなり大きいものが来た。国鉄改革法のときだった。
三ケタの金。(自民党の)国対委員長をやった人が持ってきた。封筒に入っていた。秘書を通じて返した」

某自民党国対委員長経験者(鳥越しキャスターによって紹介された匿名条件の談話)「私が引退する一週間前に全部喋れば、
社会党はつぶれるだろう」

以上の関係者の証言によって、共産党以外の各野党幹部に自民党から国対費という裏金が渡されてきたという
政界での噂が架空の話ではないことが明らかにされた。野党議員は強く否定しているが、信用されない。


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国対費は自民党の経理から支出されているが、それだけではない。派閥の金庫からも出ている。
内閣の官房長成否からも出ているとの噂も根強い。

筆者は関係者の証言を聞いたことがある。もしもこの具体的証拠が見つかれば、犯罪的行為として摘発されて当然である。


退廃した五十五年体制のシンボル
国対政治は、後に述べる族議員政治と共に、五十五年体制後期の腐敗政治のシンボルである。
族議員は政・官・財の構造的癒着と賄賂を体制化したものだ。

これに対し国対政治は、政府与党による野党買収システムということができよう。族議員政治が半ば公然と行われてきたことと比べると、
国対政治のほうは秘密裏に行われてきた。国会において与野党対立が激化して審議がストップしたとき、
それを待っていたかのように動き出すのが共産党を除く各党の国会対策委員会である。

まず国対副委員長レベルの裏折衝が行われた後、与野党国対委員長会談が行われ、正常化をはかられる。しかし、
この国会対策委員長は国会の正式機関ではない。あくまでも非公式の裏の機関である。


102頁、02/4/16 1418

国会には議院運営委員会という正規の機関がある。また、わが国の議会は委員会中心主義をとっており、
各委員会には運営を相談する理事会がある。

国会運営についてはこれらの公式機関で話し合うのが筋だが、これが十分に行われているとはいえない。
あくまで裏の国対が主役だ。

国会対策委員長会談ですべてを取り仕切るようになったのは、政党指導者が議会政治の理想を失った結果である。
国対政治が定着したのは、公式機関ではないため国会議員としての職務権限がなく、たとえ裏金のやり取りが暴露された場合にも、
違法な職務権限行使として責任を問われることがないからだ。

国対政治は、与野党官のヤミ取引を隠蔽するだけでなく、
与党による野党幹部買収工作を法の網にかからないようにする巧妙な手法なのである。

では、国対政治はどのようにして成立したのか。

国会対策委員長というポストが誕生したのは昭和20年代のことだが、当初は党執行部のなかの軽量ポストに過ぎなかった。
昭和
20年代、30年代を通じて国会における与野党の折衝は議会において原則としてオープンに行われており、
国会対策委員長が裏取引機関として活躍する余地はなかった。


103頁、02/4/16 1453

国会対策委員長が裏取引機関化する芽が生まれたのは、1965(昭和40年)
に日韓基本条約批准を巡って自民党と社会党が激しく対立したころであった。

自社両党の国対幹部の間で両党激突のシナリオが検討され、そのシナリオに従って、
表面上の対立と裏側での談合・・ヤミ取引政治がはじめられた。

これを契機にして、自社両党のタテマエとホンネの使い分けの時代がはじまる。だが、
この時期の与野党国対幹部間の接触は党内に対してさえ隠密裏に行われており、
「国対費の流れも盆・暮れの挨拶の域を出なかった」(当時の社会党幹部の証言)。

ある程度の「節度」が働いていた。

しかし、1972年1月に金丸信が自民党国対委員長に就任してから「節度」が投げ捨てられた。
そして翌
73年、社会党国対に金丸の有力なパートナーになりうる人物が登場する。

田辺誠である。田中内閣時代に金丸自民党国対委員長の就任してから「節度」が投げ捨てられた。

そして翌73年、社会党国体に金丸の有力パートナーになりうる人物が登場する。田辺誠である。
田中内閣時代に金丸自民党国対委員長とタナベ社会党副国対委員長の間に個人的関係が生まれると共に、
中央政界は一気に節度を失い、急坂を転げ落ちるように堕落していく。

昭和20年代、30年代には政界内に一部とはいえ、議会制民主主義の政治を我が国に確立したいという理想に燃えた政治家が存在した。
とりわけ社会党には誇り高い指導者が健在で、政権党の買収工作など許さない厳しい空気があった。


104頁、02/4/16 154540

しかし、1960年代後半から自民党一党支配体制が定着すると共に、議会制民主主義の理想は政界から消える。

60年代後半には自民党の指導体制は佐藤派に一元化され、エリート官僚は政治的中立性放棄して自民党と癒着した。
強い自民党は更に強くなり、弱い社会党は益々弱くなった。

そのうえ、田中内閣以後、金権政治が急速に蔓延する。自民党は多額の政治資金を集め、これを湯水のように使うようになった。

金権政治は蔓延し、野党をも巻き込んでいく。野党議員の中に自民党のボスから平然と資金供与を受ける「堕落分子」が増えた。


国対プロとして階段を昇った金丸と田辺

このような変化において決定的な意味を持ったのが金丸と田辺の関係である。ここで、
金丸・田辺間に結ばれた異様な関係についてやや詳しく述べておこう。

重要法案の取り扱いやスキャンダル絡みの追及に関して与野党がさまざまな取引を行い、国会運営を円滑に進めていく・・
この国会対策こそ、
金丸、田辺両人の手腕を政界において認めさせ、政治家としての立身を遂げさせた政治活動の根幹である。

金丸と田辺はお互いに対立する関係でありながら、その裏で巧みに連携プレーを行い、党内での地位を固めてきたといえる。

105n、02/4/16 1559   


森田実 日本の政治斬る


2002.1.25
世論調査に振り回される政治の異常


 最近の政界は一昔前と比べると元気がない。活力がない。元気がいいのは小泉首相だけだ。
この原因の一つが報道機関が頻繁に行う世論調査である。世論調査の数字が示す小泉内閣支持率の高さに批判勢力が圧倒されている。
 とくに野党に元気がない。昨年秋、野党幹部から「こんなに小泉首相の支持率が高いと小泉批判はできない。
小泉支持がもう少し下がらないと動くに動けない」という慨嘆を聞いた。与党内にも似たような一種のあきらめムードがある。
この空気が政界の活力低下の原因である。批判のない政治は堕落する。批判勢力の不在が全体主義的空気を蔓延させる。
 正義感と戦闘精神が薄れた政治家は要らない。この状況を正すのは政治家自身の責任である。このことを前提にした上で、
報道機関による世論調査のマイナス面を考えてみたい。

 世論調査の本来の意義は民主政治に血を通わせることにある。政治が世論と直結し、
政治が独善的権力主義に堕するのを防ぐことに世論調査の役割がある。
 しかし現実には、世論調査が政治の硬直化と権力主義の強化を促進している。民主政治にとってマイナスの役割を果たしているのだ。
 しかも、国民世論の形成に巨大な力をもつマスコミ自身が世論調査結果に悪乗りし、「小泉支持者にあらずんば人にあらず」
という空気を社会全体に蔓延させる役割を果たしている。

 改めて言うべきことでもないが、世論調査の小泉支持率の高さは国民の小泉首相に対する好感度を反映している。
小泉首相の政治スタイルの新鮮さがその背景にある。しかし、もう一つ見過ごすことのできない重要な問題がある。
国民に対して十分な政治情報が提供されていないことである。小泉改革への批判意見はほとんどマスコミから締め出されている。
 たとえば、「構造改革なくして景気回復なし」という小泉政治の基本についてマスコミでは中身の濃い論争はほとんど行われていない。このため、
国民の中には小泉改革を実行すれば景気が回復するという誤った見方が蔓延している。不況下で不況対策をとれば不況はさらに深刻化し、
物価は低下し、不良債権はますます増える。一方で不良債権を増やしながら他方で減らそうとしているのが小泉構造改革である。
これは矛盾である。だが、ほとんど議論されない。

 国民の側にも考えるべきことがある。デフレに対する国民の危機感が希薄なことだ。経済社会の代表的な重病はインフレとデフレの二つ。
インフレは通貨価値が下がるから痛みは全国民が感ずる。これは直ちに政治批判に結びつく。
 インフレでは人々は資産の一部を失うだけだが、デフレの場合、被害者は生活のすべてを失う。生きていけなくなる。
直接の痛みを感ずるのは倒産した会社の経営者と失業者。これは人数という点ではインフレ不満層よりはるかに少数である。
 インフレ下においては、一人一人の被害は生存に直接影響するものではないが、政治的不満は大きく政府危機が生じやすい。
これに対しデフレ下では、被害者が受ける打撃は一家全員の生死がかかるほど深刻だが、政治的不満は弱く、政府危機は起きにくい。
 現代社会では主婦層の政治意識が決定的な影響をもっている。国民世論の中核的存在である。
主婦層が反政府意識を強めれば政府危機が起きやすい。
この現象はインフレ下で起きやすい。デフレは被害者にとっては地獄である。

しかし人間的連帯感が希薄になった現在の日本では、政治以外にデフレ被害者を救済する態勢がない。

 デフレ対策は主として政府の仕事である。だが、小泉内閣はデフレ対策に消極的だ。人気追求を自己目的化している小泉政権は、
主婦層を中心とする世論の支持を受けて安泰のように見える。
 小泉首相のようなポピュリストが国民から強く支持されていることは日本の不幸だと私は考えている。
この異常で悲劇的な日本の政治状況を変えるのは、強い信念をもって小泉政治を批判する勇気ある政治家の行動である。


 2002.1.22
通常国会の課題[2]
小泉構造改革9カ月の総括(その1)――裏切られた最初の公約

――約束を守る最上の方法は決して約束をしないことである(ナポレオン)


 今、国民が政治家に求めていることの中で最大なものは何か―― 国民への公約を守ることである。
 小泉首相が高支持率を保っているのも、小泉首相がいままでの宰相に比べて公約を守る政治家ではないかとというイメージが強いことによる。
小泉首相の公約が実行された否かは小泉政権を総括するにあたって最も重要な尺度である。
1月21日から通常国会が始まったが、このことは、国会審議を通じて議論されるべき最も重要な問題である。

 公約の実行を尺度にして小泉政権の振り返るとどうなるか――小泉政治の本質が浮かび上がってくる。

 小泉氏が政権を獲得した時の公約は
「自民党を変える」「日本を変える」
「構造改革なくして景気回復なし」の三つ。
この三つは小泉純一郎氏の
自民党総裁選
における最大の公約だった。

 公約を遵守することは政権の最も重要な評価基準である。この3大公約は守られたのだろうか。また、守る方向に前進しているのだろうか。

 第一の「自民党を変える」について言えば、自民党の基本構造は変わっていない。変わったのはトップの顔とイメージのみである。
本質的な党改革はなされていない。 小泉首相がしていることは、自民党内主流派に「悪者」のレッテルを貼り、
自分を善玉のようにみせかけているだけである。小泉首相の盟友・加藤紘一氏の事務所代表による
「口きき」と脱税容疑の裏側にあるのは自民党の利権政治構造だ。小泉首相はこの利権構造にメスを入れていない。
メスを入れようともしていない。
 森前首相時代につくられた自公保連立政権(この原型は小渕元首相時代につくられた自自公連立体制)は「三与党談合政治システム」である。
この連立政権は小泉政権になっても大手を振るって罷り通っている。小泉首相はこの体制をそのまま相続している。
 自民党国会議員候補者の決定システムも旧来の上意下達のままだ。党員のイニシアチブが発揮されない現行システムの改革は行われていない。
改革のための真剣な努力も行われていない。
 小泉首相は「自民党を変える」ことを公約しながら、本質的な党の構造改革にはほとんど手をつけていないのである。

 「日本を変える」――この公約は簡単には達成できない。しかし、何をどう変えるかという方向性やビジョンらしいものが、
政権発足後9カ月も経つにもかかわらず、いまだ明確にされていない。ビジョンづくりの作業も行われていないのはどうしたことか。
ただ行き当たりばったり的に人気取りに取り組んでいるだけである。
 小泉改革には破壊だけあって創造がない。こんなことでは日本の将来を危うくするだけではないか。

「構造改革なくして景気回復なし」は、この9カ月を振り返れば大失敗に終わったことは明らかである。
小泉首相が構造改革一本槍で張り切れば張り切るほど、デフレは深刻化し、失業率は増大する一方だ。
景気回復どころか経済崩壊が進行している。
 小泉内閣は日本経済を破綻させた。2002年1月22日付け「フィナンシャルタイムズ」の社説のタイトルは
「破産した日本(Bankrupt Japan)」。世界は日本を破産国と見ているのだ。
 原因は小泉失政にある。小泉首相の「構造改革によって景気を回復する」との公約は完全に破綻した。
 
小泉首相はその後も数々の公約をしている。だが、ほとんど実行されていない。
口先だけである。小泉内閣は公約違反内閣と断ぜざるを得ない。


2002.1.22
通常国会の課題[1]
小泉内閣の経済政策を転換することが第一義的課題だ

――過ちては改むるに憚ることなかれ(『論語』)


 最近の不況の深刻化により「構造改革なくして景気回復なし」の小泉改革の基本路線が誤っていたことが明らかになった。
構造改革は長期的課題としては取り組むべき最重要課題であるが、これは当面の景気回復とは直接の関係はない。
小泉内閣がいま進めている構造改革は景気回復効果よりもむしろ不況促進効果のほうが強い。現実を冷静に見れば、
不況の深刻化が構造改革の障害になっている。
「構造改革なくして景気回復なし」が間違いであることは、国民の大多数が気づいていることである。

 1月21日からの通常国会の最重要課題は、この小泉首相の過ちを明らかにし、
構造改革を実行するためにも景気回復の道筋をつけることである。正しいスローガンは「景気回復なくして構造改革なし」なのである。
 最近、小泉首相は「構造改革なくして成長なし」と言い換えているが、正しいスローガンは「成長なくして構造改革なし。
構造改革なくして長期的成長なし」である。

 小泉首相は「頑固さ」を売り物にしているが、「構造改革なくして景気回復なし」の看板に固執しつづける姿勢は頑迷固陋であり、反省してほしい。
「過ちては改むるに憚ることなかれ」である。
 国会は、国権の最高機関として、いまの日本にとっての最大のテーマはデフレ克服であり、
これがいま政府がなすべき第一義的課題であることを明確にしなければならない。
これこそが2002年1月21日に開会された通常国会の第一義的課題である。

 ただし国民が警戒すべきことがある。それは、いまの日本にとって最も大事な国会における
経済対策論争に蓋をしてしまおうとする動きがあることだ。小泉首相や山崎幹事長らの政府・与党指導部は、
この通常国会を前半は「政治倫理国会」、後半は「有事立法国会」にして、経済対策論争を棚上げしようとしている。
 政治倫理は大事な問題である。有事法制の問題も大切なことだ。しかし、2002年通常国会が第一義的に優先すべき課題は、
小泉内閣の経済政策への批判であり、経済政策の転換である。国会が最重要課題に真正面から取り組むためにも、
加藤紘一氏に潔い出処進退の決断を求めたい。加藤氏は自らの責任の重大さを自覚し、自発的に国会議員を辞職すべきである。 


 
2002.1.20
通常国会の焦点


 1月21日に召集される第154通常国会は波乱含みである。焦点は経済である。
 昨年4月に発足した小泉政権にとって3回目の国会である。1回目の2001年春〜夏の通常国会では空前の高人気で抵抗勢力を圧倒した。
第2回目の01年秋の臨時国会は、9・11同時多発テロ事件の衝撃と米国政府の支持をテコにして反対派を抑え込んだ。
01年末まで小泉政治には順風が吹き続けた。

 しかし、02年に入って情況は変わりつつある。パフォーマンス過剰の小泉的政治手法は、政界では飽きられ始めている。
実績で政権を判断する空気が強まっている。02 年通常国会とともに三つの試練に直面する。
 第一は深刻な景気悪化、とくに2〜3月危機だ。中小零細企業の倒産と失業が急増する。地方経済はさらに冷え込む。
政界、経済界から小泉首相の経済失政の責任を問う声が高まる。3月危機が乗り越えられたとしても、6〜9月には次のより深刻な危機がくる。
 第二は海外からの政策転換圧力だ。小泉政権の経済無策に対し国際社会に失望が広がっている。
日本の没落が世界同時不況を深刻化させると判断されれば、小泉政権は米国をはじめ各国政府から景気対策優先政策をとるよう要求される。
特に米国政府から強い圧力を受ければ政策転換に踏み切らざるを得ない。小泉改革は風前の灯のごとし、である。
 第三は自民党内の反小泉勢力の必死の反撃だ。野党内でも反小泉の気運が強まる。
〇二年の野党はもはや昨年の鳩山民主党のような小泉補完勢力ではない。小泉内閣打倒に向かう。民主党の有力幹部は
「もはや小泉には任せられない。小泉内閣を倒して日本経済を救うことが通常国会の課題だ」と語る。

 小泉首相にとっての頼みの綱は、国民の高い支持と米国政府の強い支持の二つ。しかし小泉政権が景気回復に失敗すれば、
少なくとも米国政府の支持は揺らぐ。そのとき抵抗勢力は小泉内閣打倒に向かって決起する。
 02年に小泉首相が求められているのは実績である。派手なパフォーマンスだけで国民の心を長期につなぎとめることは不可能だ。
小泉内閣は目に見える実績を国民の前に示さなければならないが、これは至難の業である。経済状況が悪すぎる。
小泉首相は経済破綻の責任を負わなければならなくなる。

 デフレ対策とともに政治スキャンダル追及が通常国会のもう一つの重要テーマだ。
加藤紘一事務所代表の巨額脱税容疑と茨城県石岡市の入札妨害事件は、
公共事業の裏側に蔓延する政治腐敗の氷山の一角である。とくにこの数年間自民党幹事長などの
要職にあった加藤紘一氏の責任は重大だ。加藤氏は指導的政治家としての責任をとらなければならない。潔く国会議員を辞職すべきだ。
通常国会が加藤問題に振り回されてはならぬ。

 通常国会の開会とともに国内政治は激動期に入る。総辞職か解散かという事態も起こり得る。日本の政治は正念場を迎えた。
【以上は1月19日付け四国新聞に「森田実の政局観測」として掲載された私の小論です】

2002.1.6
2002年政局展望


 デフレの一層の深刻化と国際緊張激化の中で2002年新春を迎えた。
 平和の達成と国民生活の安定は政治の二大課題だが、日本国民は2002年を通じて苦 難が続くことを覚悟せざるを得ないのが現状だ。
小泉内閣は不況対策をほとんど講ず ることなく、不良債権の急ぎ過ぎ処理、緊縮財政の実行、
特殊法人改革などの構造改 革に向け突進する構えである。
 かねてから私は政府のなすべきことは不況対策と構造改革の同時並行的実行である と主張し、小泉政権の政策転換を求めてきた。
しかし、小泉首相の態度は頑なであ る。「過ちて改めざる之を過ちと謂う」という孔子の教えを噛みしめてほしいと思 う。

 2002年政局の基本的構図は「一将功なりて万骨枯る」である。
 国民の生活が苦しくなっても、小泉政権は存続するという意味である。日本経済は 破滅的状況に陥り、倒産と失業は深刻化し、
国民生活は悪化する。だが小泉内閣の高 支持率は維持される。
 これは一見すると奇妙で矛盾した現象のように見えるが、デフレ下ではインフレ時 ほどには政府批判は高まらない。
インフレの被害者が全国民であるのに対し、デフレ 下では、犠牲の度合いはインフレ時よりはるかに深刻だが、
犠牲者の数はインフレ時 に比べて少ない。たとえ失業率20%という悲劇的な状況になったとしても、それだけ では政府が倒れる可能性は低い。

 現在の日本の政官財・マスコミの指導層のほとんどが自由競争の信奉者であり、敗 者を救済すべきだという意識が希薄だ。
救済を罪悪と考える者すら少なくない。こう した自由競争万能論者のトップリーダーが小泉首相である。多くの国民は、
自由競争 の全面的導入が日本を再生させると信じ、「痛みに耐えて」の小泉首相の叫びに共感 している。
 だが、もはや「痛み」などと呑気なことを言っていられない人々がとくに地方で増 えている。地方からの声が政治家に影響を及ぼし、
中央政界の政争を激化させる。3 月危機が叫ばれているが、銀行、ゼネコン、流通業で大型倒産が起これば小泉内閣批 判は吹き出す。
小泉首相が3月危機を凌ぐことができるか否かが春の政局の焦点とな る。


 政局を決める要因として重視しなければならないことが他に二つある。
 一つは米国政府の動向だ。米国政府は小泉政権の構造改革路線を支持してきたが、 日本の景気の落ち込みが極端で、
米国経済に被害を及ぼす危険があると判断すれば、 小泉首相に政策転換を要求する。もしも小泉首相が政策転換を拒めば、
米国政府の支 持を失う。その時、いわゆる抵抗勢力が遠慮をかなぐり捨てて立ち上がる。
 もう一つは不審船沈没事件をきっかけとする極東の緊張激化の動きだ。国際緊張が 激化すれば政権は強くなる。
 2001年の間、小泉政権は順風満帆の状況にあった。だが、2002年に入るとともに苦 難の時機が到来する。
小泉首相にとって最初の正念場が3月、4月に来る。 【以上は1月5日付け四国新聞に「森田実の政局観測」として掲載された私の小論で す】



2002.1.5

2002年初めに学ぶべき三つの格言

「敢えて天下の先を取らず」(老子)
 わが国は第二次大戦後最も深刻な危機に直面している――これが私の認識である。
 一部の勝ち組を除いて日本全体がデフレスパイラルの中でもがき苦しんでいる。指 導者たちは冷静な判断力を失い、
国民全体の利益を考える余裕を失っている。国際的 地位の低下は著しい。ごく一部の勝ち組は傲慢になり、
大多数の負け組は自信喪失状 態にある。
 小泉内閣は人気だけを求め無理して先を急ぐ。この底には一流の経済大国の地位を 維持しようとする焦りがある。
急ぎ過ぎは自滅への道だ。日本は一流国の夢を追うべ きではない。謙虚に現実を見つめ、
富める者も貧しき者も助け合い協力して生きるべ きである。

「利して利する勿れ」(周公旦)
 指導者はまず何よりも国民全体の利益をはかるべきで、自分の利益をはかってはな らない、という意味。
 最近のわが国の指導層の精神は「私」に傾き過ぎている。「公」の精神が衰弱して いる。小泉首相は世論調査の高支持率のみを追求する。
人気高揚が自己目的化してい る。経営者は自己の生き残りと利益追求のみを求める。官僚は「官の復活」に精を出 す。
財務省は再び頂点に立とうとする。利己主義が横行している。報道機関も例外で はない。全体のことを考える者はごく少数だ。
 2002年を反省と出直しの年にしたい。


「国に諫むる臣あればその国必ず安し」(平家物語)
 権力者の過ちをいさめる勇気ある人物がいればその国の将来は安泰だ、という意 味。
 小泉政権発足以来8カ月以上が経つが、内閣支持率は依然として高い。だが「過ぎ たるは猶及ざるが如し」。
超高支持率が政治を硬直化させている。言論の自由が制約 され、批判しにくい空気が強まっている。小泉首相への批判者はきわめて少数だ。
一 部のマスコミは批判者狩りまで行っている。
 批判のない政治には腐敗と高慢が住みつく。小泉内閣は慎重さと謙虚さを失ってい る。今わが国に必要なのは勇気ある批判者の登場だ。
2002年を質の高い論争の年にし たい。良識ある批判の声の高まりが日本を救う。


2001.12.31
どうなる 2002年の政局


「一将功成りて万骨枯る」の構図
 2002年前半、小泉政権は相対的安定状況を維持するが、中頃になると政局は揺れ始め、後半期には正念場が来る――これが私の予想である。
 しかし、政局は安定していても日本経済は前半期から危機的な状況に直面する。
小泉政権の構造改革推進によりデフレスパイラルは一層深刻化する。倒産は激増、失業率も急増する。日本社会は勝者と敗者に二分される。
敗者は容赦なく切り捨てられる。しかし、小泉人気は衰えない。
 2002年の政局の構図を一言で表現すれば、一将功成りて万骨枯る――ということになろう。多数の国民は骨と化すが、
小泉政権と一部勝者はますます繁栄する。


 小泉体制を支える四本柱
 小泉構造改革は2001年11月から本格的に動き出した。とくに大きい震源は金融庁による銀行監査だ。
中堅ゼネコンの青木建設は事実上倒産し、民事再生法の申請に追い込まれた。青木建設の事実上の倒産は、
小泉首相の〃リーダーシップ〃によって行われたと見られている。小泉構造改革派は喜び、
景気回復重視派は小泉首相の暴走に対し警戒感を強めている。
 日本は2001年末から大倒産時代に入った。深刻な危機に直面している。だが、これで小泉政権が直ちに危機に追い込まれるわけではない。
小泉政権を支える四本の柱 ――高支持率、財務省、鳩山民主党、ブッシュ政権――があるからだ。
 第一の柱は世論とマスコミの支持。小泉構造改革により倒産と失業が急増しても小泉内閣支持率は下がらないどころか逆に上がる。
国民は強者と弱者と中間層に三分化されているが、強者と中間層の小泉支持は依然として強い。
 第二は中央官庁、とくに復権した財務省。財務省が小泉構造改革の推進役になっている。
 第三は鳩山民主党。「構造改革原理主義」と呼ばれる鳩山代表ら民主党主流派は強硬な態度で小泉構造改革をバックアップする。
だが無理は通らない。民主党自体分解状態、野党協力も崩壊状態だ。
 第四は世界最強の米国のブッシュ政権。ブッシュ政権は米国政府に忠実すぎるほど忠実な小泉首相に好意を持っている。利用価値もある。
日本国内の反小泉陣営といえどもブッシュ政権に嫌われたら生きられない。小泉内閣打倒に動くことはできない。


 いつまでもあると思うな親と金
 「親」とはブッシュ政権、「金」とは経済のこと。小泉政権は今は相対的安定状況にあるが、「親」と「金」がなくなった時には崩壊する。
二つのうち決定的なのは経済である。
 小泉首相は、不況期に不況政策をとり、日本経済を破局的状況に追い込むことをバネにして、急進的構造改革を断行しようとしている。
これは大変な賭けであり、極端な冒険主義的行き方である。成功すれば大喝采を受けるが、失敗すれば日本経済を破滅させる。
未来のことは予測不可能だが、過去に不況期に不況政策をとることによって構造改革を断行しようとの試みが成功したことはない。
 失敗すれば、日本経済が悲惨な状況に陥る。問題は日本経済の大破綻が世界経済に与える影響だ。
もしも世界経済への影響が小さければ、小泉首相へのブッシュ政権の好意は維持される。日本経済破綻の結果、
安くなった日本の企業と資産を、米金融資本が買い漁る道が開かれる。
 だが、日本が世界をデフレスパイラルに巻き込むことになれば、小泉政権の国際的信用は傷つく。
この時、ブッシュ政権が小泉内閣に景気対策重視への政策転換を求めることが考えられる。
小泉政権が米国政府の指示どおりに行動すれば、ブッシュ政権の支持は失われずに済むだろう。
だが、もしも小泉内閣がブッシュ政権政権の指示どおりに動かず、
政策転換を渋れば、小泉首相は米国政府の支持を失うおそれが生まれる。その時、小泉政権は真の危機に直面する。
 小泉首相を支える四本柱のうち最大のものはブッシュ政権だ。小泉首相がブッシュ政権の忠実なサーバントである限り、米国政府に大事にされる。
だが、経済状況次第でブッシュ政権は変心する。日本の政局を動かすのはブッシュ政権である。
小泉政権の生殺与奪の権は米国政府の掌中にある。


2001.12.28
2002年日本の課題――歴史の大転換期の政治のあり方

 2002年は世界全体にとっても日本にとっても歴史の大転換の年になると思う。 第一。戦争と平和の岐路に直面する。
 このとき米国政府は「戦争」をとる。そしてほとんどの国の政治権力は米国に追従して戦争のほうを選ぶだろう。世界の中心は米国政府。
ブッシュ政権は歴史上稀に見るほどの好戦的な政権だ。
ブッシュ政権に公然と抵抗して世界平和のために努力する国はきわめて少ないと考えねばならない。
残念なことだが小泉政権はブッシュ政権に追随する可能性は高い。
 しかし、わが国は第二次世界大戦の敗戦国。広島、長崎の原爆の悲劇、沖縄戦の悲劇を経験した国である。
この悲劇の体験が日本国民の原点である。日本はブッシュ政権の戦争政策に加担してはならない。

1945年の敗戦から57年目の今年、日本は再び軍事国家へ転換するか否かが問われている。今年は「平和」と「戦争」の真剣勝負の年になる。

 第二。政治のあり方の根本が問われる。
 政治における根本問題は、第一が平和と戦争、第二が民主主義と独裁――である。 2002年、われわれ人類は民主主義か独裁かの問題に直面し、
どちらを選ぶかを求められることになる。戦後57年を通じて民主主義を先導してきた米国自体が独裁的国家に変質しようとしている。
 日本はどうか。小泉首相登場以来、戦後民主主義は大危機に直面した。
 危機の表れの一つは、野党第一党の民主党の事実上の崩壊。鳩山代表ら民主党執行部は自ら小泉政権の補完勢力への道を進み始めている。
その結果、民主党内は事実上の分裂状態に陥った。党内には無気力と無責任の風潮が蔓延している。二大政党制形成への国民の期待は衰えた。
現政権が失敗した後に代わるべき野党第一党は日本から消えつつある。
 小泉政権のもとでは国会自体が形骸化している。小泉首相は大統領内閣制下の大統領のように振る舞っている。
国民もまた自らが選んだ国会議員によって構成されている国権の最高機関である国会を信用せず、
むしろ国会議員が選んだ小泉首相個人に信頼を寄せている。まさに倒錯現象というべき異常事態である。
 われわれ国民は、今、国会も政党も野党も無視して独断専行する「小泉独裁」を許してよいか否かを、冷静に考えねばならない。
後悔先に立たず、である。


 第三。政治にとって第三に重要なのは、独立か従属かという問題である。
 日本は1945年のポツダム宣言受諾により米国を中心とする連合国の占領下におかれた。
1952年の独立後も米国への従属――とくに政治と安全保障――の関係は基本的には継続している。
 日本の形式的独立から50年経つ。この間、日本の外交防衛政策は米国政府の支配下にあった。
日本の主権が発揮されたのは国内政策とくに経済の分野だった。
 だが、この「失われた10年」の間に経済面でも日本は米国の従属国となった。
いまでは日本政府が自主的に決定すべき経済政策が米国政府の日本担当者によって決められている。
不良債権処理のやり方もタイミングも速度もすべて米国政府から言われるままである。
 日本の指導層の心も変わった。「日本人の心」に代わって「アメリカの心」が日本の政界、官界、経済界、学界の指導層を捉えている。
小泉首相を含むわが国の指導層が推し進めようとしている「小泉構造改革」の本質は、
日本という国の基本をアメリカ化しようとするところにある。小泉改革とはアメリカ化革命なのである。
経済システムや商慣習だけでなく、日本の社会構造と文化をもアメリカ化しようとしている。
 しかし、この試みは壮大なる愚行である。日本人の長い歴史のなかで形成されてきた風土、文化、慣習は政治革命によって変えることはできない。
政治権力が無理矢理に風土、文化、慣習を変えようとすれば、社会は混乱する。
われわれは中国文化大革命の大失敗の教訓を忘れてはならない。

 以上述べたとおり、2002年にわれわれが直面するのは「平和か戦争か」「民主主義か独裁か」「自立か従属か」――の三大問題である。
小泉政権は、ブッシュ政権に追随して戦争、独裁、従属の道を選ぶだろう。しかし、われわれ国民は、
勇気をもって平和、民主主義、実利の道を進むべきである。このために小泉内閣を打倒すべきである。


 

  2001.12.23 嵐の前の静けさ


 日銀は12月19日に政策委員会・金融政策決定会合を開き、(1)当座預金残高の目標をこれまでの「6兆円を上回る」から
「10兆〜15兆円程度」に変更、(2)長期国債の買い切りをこれまでの月6000億円から月8000億円に増額などの金融緩和策を決定した。
大幅な金融の量的緩和だが、マーケットの反応は鈍い。

 この一因は速水優日銀総裁の記者会見での失言だ。
 速水総裁は「今は年末だし、1〜3月は金融システムにとって非常に課題を抱えた時」との後に「何が起こるか分からない」
と言ったのだ。来年4月のペイオフ解禁を控えて中小金融機関の破綻が相次いでいる上に、
大手銀行の破綻すら噂され金融危機の再発が懸念されている。大手ゼネコン、大手スーパーその他の倒産の噂も後を絶たない。
2002年2〜3月危機説が高まっている。

 翌12月20日、小泉内閣は2002年度予算の財務省原案を決定した。復活折衝を経て24 日に政府案が決まる。
基本的性格は構造改革・財政再建優先の緊縮型である。小泉内閣は一方で日銀に金融緩和を求め、他方で財政を締める。矛盾した対応である。

 2001年12月末、政界には景気失速を懸念する声は高まっているが、小泉内閣の緊縮型予算案の決定に対し音なしの構えだ。しかし、
政治の平穏が長続きするような空気はない。
 年末から来春初めにかけてほとんどの国会議員は選挙区のある地方へ戻る。国会議員がそこで見るのは悲惨な現実である。
大多数の議員が認識を改めて小泉改革批判派に変身する可能性が高い。新年になると政界の空気は大きく変わるだろう。

 政府の経済の現状についての認識は「まだデフレスパイラルではない」だが、甘すぎる。
すでに日本経済はデフレスパイラルの底なし沼に入ったと見なければならない。
 デフレスパイラル下での過剰な競争は国民社会を「強者・勝者」と「弱者・敗者」に二分する。「強者・勝者」は中央に集中している。
地方ではほんの一部だ。地方の多数派は「弱者・敗者」である。
 小泉内閣が進める構造改革は強者のための改革である。「弱者・敗者」へ温かい配慮に欠ける。
小泉内閣・中央官庁・財界・マスコミの勝者連合は、不況対策抜きの構造改革を進める。
これに対し景気回復と構造改革の同時的推進を主張するする「抵抗勢力」は、年明けとともに「ストップ小泉」で立ち上がる。


 「何が起こるか分からない」――この日銀総裁の一言に今の日本の政治と経済の状況が正確に示されている。
パニック発生の危険すらある。その結果大倒産・大失業の時代が到来すれば、構造改革はできなくなる。
 小泉構造改革にはデフレスパイラルの深刻化が構造改革の最大の敵だとの認識が欠けている。
早く間違った認識を改めないと、2002年春から夏にかけて小泉首相自身が危機に直面する。2001年12月末の政治の風景は、
嵐の前の静けさである。
【以上は『四国新聞』12月21日に「森田実の政局観測」として掲載された私の小論です】


    2001.12.18
小泉首相の「狼少年」ぶり、国民に露呈


 日本は、下部構造の経済において多大の困難を抱え、上部構造の政治は安定的だという矛盾した状況のなかで新年を迎えようとしている。
 2001年秋の第153臨時国会は政局安定ムードのなかで閉幕した。だが、小泉政権の安定は「一時的・相対的」なものである。
この後に来るのは恐るべき日本経済の破綻だろう。新しい年は日本にとって歴史的試練の年になる。
小泉政権はいま嵐の前の一瞬の静けさを楽しんでいるが、危機は目前に迫っている。


 政局を動かす五つの要因
 だが政界を覆うのは過度の楽観論だ。一時的相対的安定の主原因は次の五要因である。
 第一。皇室の慶事。祝賀ムードのなかで政争を自粛する気分が永田町にはある。しかしこれは一時的な現象で長期化はしない。
 第二。国民の高い支持率。日本世論調査会(共同通信社系)が12月1、2日に行った世論調査では小泉内閣支持率は79.5%。
不支持率15.2%の5倍以上の高支持率。内閣支持率は小泉政権発足から7カ月経っても落ちない。この状況では倒閣運動は起きない。
小泉内閣の高支持率はしばらく続くと考えられる。


 第三。野党の事実上の崩壊。小泉内閣と対決するために野党勢力を結集する意思も能力もないように見える鳩山民主党は、
国民の声を国政に反映させ小泉内閣を批判するという野党第一党としての責任を放棄している。
小泉首相にすり寄る鳩山代表の姿は悲惨であり滑稽である。


 第四。小泉首相と与党の間に小泉首相が「名」を取り与党側が「実」を取るという妥協の方程式がほぼ確立されたこと。
道路行政、第二次補正予算編成、医療改革の三つのテーマで展開された小泉首相と与党側との交渉と妥結の過程で明らかになったことは、
小泉首相が欲しいのは「名」と「人気」に過ぎないということであり、与党側が最も欲しいのは「実利」だということである。
 これにより小泉首相と自民党の間の緊張関係は現実ではなくなり虚構と演技に変わった。
自民党得意の闇取引と妥協のシステムが復活し動き出した。自民党のいわゆる「抵抗勢力」は小泉首相のロボット化に成功しつつある。


 第五。日米関係の安定。小泉政権成立以来、米ブッシュ政権との関係は良好だ。
小泉自民党総裁実現の背景の一つに、ブッシュ政権の小泉氏に対する「好感」があったことはよく知られている。
ある外交関係者の証言がある――「4月の自民党総裁選で橋本龍太郎氏と小泉純一郎氏に絞られたとき、
ブッシュ政権の意向として小泉支持が日本の中心政治家に伝えられた。
これを受けるかのように中曽根元首相が動き、小泉首相への流れができた」。
 小泉首相はブッシュ大統領にとって忠実な弟のような存在になっている。だが、このような状況が永続きするとは考えにくい。
最近、米政府高官のなかから小泉構造改革政策への強い懸念が出始めた。
「硬直した小泉構造改革をこのまま放置すれば日本経済だけでなく世界経済が危うくなる。

しかし日本のシステムには小泉政権の硬直姿勢を変える力はなく、
方向転換には米国から外圧を強める以外に道はない」との考えが高まっている。

 以上のうちとくに重要なのは次の二つである。一つは小泉政権と自民党との関係。
前述のとおり2001年末、小泉首相と自民党の間には、首相側が「名」を取り党側が「実」を取る妥協システムが構築され、
機能し始めている。小泉首相は表面上自民党と鋭く対決することによって国民の人気を煽りながら、
最後の瞬間になると豹変して妥協するという二重戦略を取り続けることになる。しかし、これは国民から見ると大いなる欺瞞である。
小泉首相が「狼少年」のような存在になるのは時間の問題だろう。
 二つは米国からの外圧。日本が深刻なデフレスパイラルに陥ったときの世界経済への影響について、欧米には二つの見方がある。
 (1)日本経済はいまや影響力を失っており、日本の没落が世界恐慌の引き金になるほどの大きな存在ではないとの見方。
 (2)小泉改革では日本はデフレスパイラルに落ち込み、世界を大不況に引きずり込むおそれが大きいとする見方。
 景気対策をとらせるため日本への外圧を強化しようとする干渉主義は後者の判断から出ている。
米国政府内部では後者の立場が強まる流れである。
米国からの圧力が強まれば小泉政権は方向転換をせざるを得なくなる。この時期は2002年春頃だろう。


 地方から広がる不満
 2001年末から2002年始にかけて国会議員の多くは選挙区に帰り支持者と接触し、
国民生活と国民経済の実態と高まる国民の不満を直接知ることになる。国会議員のこの体験により新年の政治情勢に影響が出るだろう。
 小泉構造改革に対する地方の主たる不満は五点ある。


 (1)小泉改革は地方軽視・地方無視である。
 (2)小泉改革は中小零細企業に犠牲を強いている。

 (3)景気対策と構造改革政策の両立は可能であるのに、景気対策を拒否し構造改革一本槍の政策に頑迷に固執し続けている。
 (4)小泉政権が口では地方分権を叫びながら地方分権に逆行する中央集権強化に動いている。
 (5)地元に密着している地方銀行、信用金庫などの金融機関を追い詰め、結果として企業倒産と失業を増大させている。
 地方経済界とくに中小零細企業と地方自治体の不満は爆発寸前である。
 地方に広がる小泉構造改革への不満の拡大は、
構造改革を推進する小泉首相とこれを支える若手政治家(民主党を含む)への強い不信をもたらしている。
代わって期待を集め始めているのがいわゆる「抵抗勢力」である。
デフレスパイラルの深刻化は抵抗勢力を「悪の権化」から「正義の戦士」に変えつつある。
 小泉改革にとって、中小零細企業者と地方が「前門の虎」とすれば日本のデフレ深刻化を危惧する国際社会は「後門の虎」である。
硬直的な小泉構造改革路線とこれを修正することすらできない日本の政治システムへの外圧が米国から加えられる可能性は高い。
 小泉首相に求められているのは「構造改革なくして景気回復なし」の過ちを早急に修正し、有効な景気対策に取り組むことである。
【以上は今週発売の『週刊エコノミスト』12月25日号(新年大特集号)に掲載された私の小論です】


自民党が斡旋利得罪におびえるわけ

これは朝日新聞社の月刊誌『論座』(19988月号)に寄稿したものです。誌面をスキャンし直したので、誤変換のチェック漏れがあるかも知れません。また、漢数字のため読みにくいと思いますがご容赦下さい。

タイトル:自民党が斡旋利得罪におびえるわけ
リード:自民党は「斡旋利得罪」の創設に最後まで反対した。自分たちの政治活動が根底から覆されることを恐れたからだ。企業献金の実態を探ってみると、その理由が垣間見えてきた。
樺嶋秀吉 ジャーナリスト
本文:
四年前の政治資金規正法改正によって、政治家が企業献金を受け取れるのは、政治家本人が代表になる資金管理団体一つだけになった。その資金管理団体が自治相もしくは都道府県選挙管理委員会に提出し、昨年九月から今年四月までに公表された一九九六年分の収支報告書をもとに政治資金の収支構造を調べてみた。
政界にヤミ献金はつきものと言われる。自民党の故・金丸信元副総裁の事務所から金の延べ板が出てきたのを覚えている人も多いだろう。残念ながらヤミ献金を統計的な手法で調べることはできないが、公にされた数字からも企業献金の実像を知ることはできた。
前回の総選挙が行われた九六年に全国の企業や労組などの団体が寄付した企業団体献金(以下、企業献金)はおよそ三九八億円だった。このうちほぼ三分の一にあたる一三三億円が、政党への献金の受け皿である政治資金団体と政党(ほとんどが地方支部)ヘ入り、残りの二六五億円が政治家個人の資金管理団体に寄付された。
ひと口に企業と言っても、政治資金団体に献金するのはほとんどが東証一部に上場している大企業で、資金管理団体や政党支部へ寄付するのは大半が地元業者である。社民党が提案した「斡旋利得罪」が対象にするのは、もっぱら政治家に直接カネが渡る後者のほうで、国会議員・地方議員・自治体の首長が第三者の請託を受け、国や自治体の許認可、契約などにかかわる公務員に口利きをし、財産上の利益を得ることを禁じることを狙いとしている。
自社さの与党政治改草ブロジェクトチームでいったん合意した「斡旋利得罪」は自民党内の反発を理由にあっさりほご反故にされた。同党政治改革本部(関谷勝嗣本部長)の総会では「政治家が役人に対して『国民はこう思っている』と伝えることが禁止されたら、国民の代表として活動できない」「これでは陳情も怖くて受けられず、政治活動すべてが否定ざれてしまう」といった危機感を訴える意見が相次いだ。そのなかで「この法案がいいと思うものは手を挙げろ」とにらみを利かせたのが江藤隆美元総務庁長官。また大蔵省OBの大野功統氏は「政治家は斡旋する動物」と喝破してみせた。
経団連の今井敬会長は五月の就任会見で「経団連を通したおカネが一番きれいだ」と発言し、企業がそれぞれに思惑を込めて献金するよりも経団連の斡旋方式のほうがクリーンであることを強調したが、そもそも政権政党というのはそれ自体が巨大な総合口利き機構と言える。そうでなけれぱ、政治資金団体への献金(合計約五七億円)のほぽ九割が自民党に集中するはずがない。
開発予算が培った企業献金王国
集計の対象にしたのは、衆参の現職国会議員七百四十九人(六月二日現在)のうちの六百八十四人。共産党など資金管理団体を持たない議員と、持っていても報告書が未提出だったり、提出が遅れて未公表の議員は除いた。
衆参議院別・政党別の献金総額と議員一人あたりの平均額をまとめたのが表1である。総額は約一一九億円で、このうち自民党議員へは九三億円以上、全体の八割弱が渡っていた。現在は自由、民主、改革クラブ、さきがけ各党や無所属になっている元自民党議員の四十四人を加えると、その献金額は一○七億円を超え、シェアも九割に跳ね上がる。

表1 政党別企業献金 (単位:万円)

 

衆議院

参議院

合計

政党

人数

総額

1人平均

人数

総額

1人平均

人数

総額

1人平均

自民

252

755,568

2,998

115

179,086

1,557

367

934,654

2,547

民主

90

99,051

1,101

38

9,091

239

128

108,142

845

自由

40

61,441

1,536

11

10,385

944

51

71,826

1,408

改革クラブ

8

14,463

1,808

3

871

290

11

15,334

1,394

新党平和

38

13,598

358

-

-

-

38

13,598

358

さきがけ

2

6,197

3,099

3

816

272

5

7,013

1,403

社民

15

2,399

160

18

2,130

118

33

4,529

137

公明

-

-

-

24

1,159

48

24

1,159

48

沖縄社会大衆

-

-

-

1

952

952

1

952

952

新社会

-

-

-

3

0

0

3

0

0

無所属

14

29,813

2,130

9

2,926

325

23

32,739

1,423

全体

459

982,530

2,141

225

207,416

922

684

1,189,946

1,740

議員一人の平均額では二一四一万円の衆議院のほうが、一千万円に満たない参議院より圧倒的に多い。その衆議院では、自民党が二九九八万円で、さきがけ以外の他党を大きく引き離している。社民党は一六○万円で、自民党の十八分の一以下だ。自由党の平均が一五三六万円と低いのは、当選一、二回の議員が半数以上を占め、政権党でもないからである。表には出ていないが、自民党の当選二回議員(四十人)が平均して二〇七四万円の企業献金を受けているのに対して、同じ当選二回の自由党議員(十人)は七六五万円しかなかった。
また、当選十回以下の自民党衆議院議員の平均額を見ると、当選回数が増えるごとに企業献金額も増していき、大臣就任適齢期を迎える当選五回組は五〇〇〇万円を超える。この当選五回組(十五人)のなかに、全議員中で最多の企業献金を集めた北海道・沖縄開発庁長官の鈴木宗男氏がいる。次のピークは当選九回組(九人)で、加藤紘一幹事長、山崎拓政調会長、三塚博前蔵相などポスト橋龍をうかがう党幹部や派閥の長が顔を揃えている。
企業献金額が多かった衆議院議員のうち上位三十人の名前と政党、金額、その年の収入(前年からの繰越額を含まない)に占める比率を示したのが表2である。九位に小沢一郎自由党党首、十五位に小沢辰男改革クラブ代表など野党幹部もちらほら姿を見せているが、いずれも自民党の出身だ。自民系以外では民主党の赤松広隆氏(元社会党書記長)の八十六位、三七一七万円が最高である。

表2 企業献金が多い衆議院議員上位30人 (単位:万円)

順位

議員名

政党

企業団体献金

比率(%)

1

鈴木宗男

自民

16,997

39.3

2

亀井静香

自民

14,790

82.4

3

森喜朗

自民

14,413

44.9

4

橋本龍太郎

自民

13,672

48.7

5

小渕恵三

自民

12,962

43.2

6

綿貫民輔

自民

12,496

78.6

7

加藤紘一

自民

11,929

21.8

8

武部勤

自民

11,664

83.2

9

小沢一郎

自由

11,246

77.8

10

中川昭一

自民

10,803

57.0

11

山中貞則

自民

9,684

62.3

12

伊吹文明

自民

9,668

51.6

13

松下忠洋

自民

8,831

42.1

14

江藤隆美

自民

8,694

59.0

15

小沢辰男

改革クラブ

8,365

38.9

16

関谷勝嗣

自民

8,261

87.5

17

桜井新

自民

8,195

46.9

18

佐田玄一郎

自民

7,738

97.3

19

鳩山由紀夫

民主

7,733

63.4

20

山崎拓

自民

7,721

24.5

21

原田昇左右

自民

7,582

65.4

22

武藤嘉文

自民

7,481

19.9

23

麻生太郎

自民

7,320

39.2

24

中山太郎

自民

7,241

31.1

25

村岡兼造

自民

7,155

54.3

26

竹下登

自民

7,078

78.5

27

羽田孜

民主

7,056

29.0

28

三塚博

自民

7,046

56.7

29

宮下創平

自民

6,992

95.8

30

鳩山邦夫

民主

6,656

32.1

企業献金額トップの鈴木宗男氏の収入に占める比率が四割弱と思いのほか低いのは、企業献金以外に二億円以上の政治資金パーティー収入などがあったためだ。ちなみに鈴木氏の前年繰越額を加えた総収入額は四億六五六〇万円だが、これでも資金管理団体としては全議員のなかで七番目。一番は竹下登元首相で九億二六七三万円だった。
同じ企業や政治団体から一年間に合計で五万円を超える献金を受けた場合、その社名と金額を収支報告書に記載することが義務づけられているが、鈴木氏はその数が約八百五十社にのぼった。献金が五万円以下だった企業(献金額は計約一〇〇〇万円)は少なくとも二百社以上あると推計できるので、合計すると献金元の企業は一千社を軽く突破することになる。鈴木氏は北海道ブロック(比例区)選出のため、献金元の大半は道内の企業だが、東京、大阪や沖縄の企業も収支報告書には散見される。業種も広範だが、やはり○○建設、△△工業、口口組などの建設業が多い。
鈴木氏は九六年の総選挙で小選挙区の北海道十三区から立候補したが落選し、比例区でいわゆる復活当選した。中選挙区時代の選挙区だった道東の旧北海道五区は、小選挙区では三分割され、他の二選挙区のうち十一区の当選者が中川昭一氏(表2で十位、五万円超の献金企業は約七百二十社)、十二区の当選者が武部動氏(同八位、約五百六十社)だ。
国、道、市町村や公社・公団が北海道内の公共事業に使った行政投資額はここ数年、三兆円前後に膨れ上がり、全国でも二十年以上も前から東京都に次ぐ二番目の規模だ。旧北海道五区は、中川昭一氏の父であり、また鈴木宗男氏が秘書として仕えた故・中川一郎元農水相の時代から自民党王国と呼ばれてきたが、その保守地盤を培ったのが開発予算だった。そこを選挙区とする自民党議員が上位十位以内に勢揃いしているのも単なる偶然ではあるまい。
業界が丸抱えする官僚OB議員
キャリア官僚から総選挙に打って出る人は昔から少なくない。表3では自民、民主、自由の三党に所属する元中央官僚の衆議院議員を対象に、企業献金の平均額を出身省庁別にまとめている。人数が少ない新党平和、改革クラブ、無所属の官僚OB議員は表から外してあるが、それらを含めた合計七十三人の平均額は三〇六九万円。衆議院全体の二一四一万円に比べておよそ四割増しだった。政党別では、官僚OBのほうが自民党では三百万円、自由党では五百万円ほど多く、民主党では二倍以上になっている。

表3 中央官僚出身・衆議院議員への企業献金 (単位:万円)

 

自民

民主

自由

人数

1人平均

人数

1人平均

人数

1人平均

外務省

1

11,929

1

29

1

170

警察庁

3

6,323

-

-

-

-

労働省

2

4,891

-

-

1

150

運輸省

2

4,534

-

-

-

-

建設省

5

4,018

2

3,260

-

-

北海道開発庁

1

3,145

-

-

-

-

厚生省

2

3,059

-

-

-

-

大蔵省

18

2,949

1

476

3

3,463

自治省

3

2,621

1

877

1

442

通産省

10

2,247

2

4,170

-

-

農水省

6

2,184

-

-

1

3,267

平均

53

3,313

7

2,320

7

2,060

官僚OBが圧倒的に多い自民党に注目すると、出身省庁別では加藤紘一幹事長の外務省が飛び抜けているが、これは例外だ。建設省と建設業界、厚生省と医薬品業界など、献金元の企業を見ると出身省庁と関連が深いことが分かる。農水、通産省出身者の企業献金額は相対的に低くなっているが、官僚OB議員の多くはさまざまな形で政治資金パーティーを開催しており、関連業界から入る実際の政治資金は表の数字よりも人きくなる。例えば、農水省OBの場合は六人のうち五人が特定パーティーという収入一千万円以上の政治資金パーティーを開いており、その収入は一人平均で三六七一万円である。パーティー券の購入者のほとんどは企業なので、関連業界が献金とパーティー券購入で官僚OB議員の面倒を見ていることになる。
前回総選挙で福岡四区から初当選した元運輸省港湾技術研究所長の渡辺具能氏の場合は企業からの献金が一四八五万円しかなかったが、それとは別に政治団体の「運輸政経調査会」から二五〇〇万円、「港栄会」から五〇〇万円が同氏の資金管理団体「能政会」に献金された。さらに「運輸政経調査会」と「港栄会」は渡辺氏の別の三つの政治団体に計四五〇〇万円を献金している。届け先は四ヵ所に分散されているが、総額七五〇〇万円が渡辺氏に寄付されたわけだ。その献金の原資の一部にあてられたのが、やはり政治資金パーティー収入である。
これとは別に渡辺氏関連の政治団体「国政を考える会」は九五年に出版記念パーティーを開き、二七二二万円の収入をあげているが、その際のパーティー券の大口購入者には港湾関係の建設業者のほか社団法人長崎県港湾漁港建設業協会(一五〇万円)、自民党佐賀県港湾支部(一〇〇万円)などが名前を連ねている。まさに業界丸抱えである。
このような業界からの資金集めが公然と行われるのは、政治団体の間で行われる政治資金の移動(寄付)に制限がなく、また資金管理団体でなくとも政治団体ならば政治資金パーティーを開催できるからだ。企業から政治家への献金に五〇万円という上限を設けた意味が事実上失われている。
例えば、元中小企業庁小規模企業部長の佐藤剛男氏(福島一区)は東京都千代田区の製紙会社から献金として上限いっぱいの五〇万円をもらったほかに、三回の政治資金パーティーそれぞれに一五〇万円ずつのパーティー券を買ってもらっている。一五〇万円というのは一回のパーティーについて支払うことができる上限である。献金とパーティー券で一社から合計五〇〇万円。しかも、これが同じ資金管理団体のなかで行われていた。
こうしたケースは佐藤氏に限らないし、官僚OBでない議員も行っている。元手の二十倍近い収入を得ていても、「パーティー参加のための対価である以上は献金ではない」というのが自治省政治資金課の見解だが、政治資金パーティーが企業献金の抜け穴になっている実態は隠しようもない。
二世議員はカバンも相続する
改正前の政治資金規正法では、政党と政治資金団体以外への企業献金は上限が一社一五〇万円で、一〇〇万円を超えたものだけ報告書に社名などを記載することが義務づけられていた。しかも、資金管理団体という制度もなかったために、企業献金はいくつもの政治団体に分割されたように帳簿上は処理された。その結果、例えばある企業から五〇〇万円の献金があっても、それをー〇〇万円ずつ五つの政治団体に振り分けることで、その社名を明かさずにすんだ。
法改正によって、記載義務の金額が「五万円超」にまで引き下げられたことで、企業献金の透明度は飛躍的に上がったが、その半面で政治資金パーティーの増加に拍車がかかった。パーティー券購入者の報告義務は「二〇万円超」と緩やかだからだ。社名が公になると都合の悪い企業は献金よりもむしろパーティー券を選ぶという。これは法改正によって生じた落とし穴だが、もう一つ見過ごせない問題がある。改正前に政治団体にプールされた企業献金だ。
蓄えられた政治資金のすべてが企業献金ではないだろうが、新たな収入がないまま前年からの繰越額を少しずつ資金管理団体へ移していく様子は、まるで銀行の口座から預金を取り崩しているようだ。それが、同じ政治家の複数の政治団体間で行われているうちは資金繰りの一つと言えなくもない。だが、引退した政治家と、その地盤を引き継いだ二世議員との間で行われたとなれば話は違ってくる。
前回の総選挙で参議院議員から鞍替えして初当選した自民党の河木三郎氏(兵庫十二区)の資金管理団体には政治団体から計五九六九万円の献金があったが、このうち四〇四〇万円は父・河木敏夫元通産相の資金管理団体からのものだった。一月から八月までは毎月一六〇万円から二一〇万円が寄付され、九月も十二日に二〇〇万円が渡ったが、二十七日の臨時国会冒頭に衆議院が解散されると、その日のうちにさらに二〇〇万円が献金された。さらに総選挙公示日の十月八日には一五〇〇万円、選挙後の十二月には計六一〇万円が寄付されるという具合だった。
三重四区で初当選した田村憲久氏(自民党)は元衆議院議長、田村元氏の甥だが、元氏の資金管理団体を含む六つの政治団体(事務所の所在地はすべて同じ)から合計五〇〇〇万円の献金を受けている。
また、自民党の派閥の長として総理・総裁を目指しながら病に倒れた故・安倍晋太郎元幹事長を父に持つ安倍晋三氏(当選二回、山口四区)の資金管理団体「晋和会」には、晋大郎氏が全国的に組織した政治団体から寄付が集められており、その合計は二四〇〇万円にのぼった。そもそも「晋和会」が設立されたのが二十二年前で、晋太郎氏が亡くなったあと晋三氏がそれを引き継ぎ、三年前に資金管理団体に指定した。晋三氏が初当選したのは九三年だが、この年の収支報告書に記された前年からの繰越額は一億八六三三万円あった。
政治家になるための条件として、ジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)の三つの「バン」が必要だと言われる。地盤は票田つまり後援会組織のことで、看板は知名度、そして鞄は政治資金を意味する。このうち地盤と看板をそっくりそのまま継承できることが二世議員のメリットとされてきたが、どうやら政治資金のほうも相続税を取られることなく受け継いでいるようだ。
財界もいらだつ「出」の不透明さ
「カネがかかる、かからないといった曖昧な基準ではなく、資金が何のために、いくら使われたのかという政治資金の流れの基木的な構造を明らかにする必要がある」
セゾンコーポレーション会長の堤清二氏が委員長を務める経済同友会政治委員会が四月にまとめた提言「経済界と政治のあらたな関係の構築」には、政治資金の支出の不透明さに対する不満が綿々と綴られ、その解明ができなければ企業献金の廃止もやむを得ないと結んでいる。経団連による政党の政治資金団体への献金斡旋は、三十八年に及んだ自民党単独政権が崩壊した九三年に中止されたままだが、各企業は「独自判断」として献金をその後も続けている。冷戦構造がなくなり、自由主義経済を守るという大義名分が色褪せたうえにこの不況では、経済界から不満の声があがるのも当然だろう。
収支報告書をめくっても、支出の項目で目につくのは選挙関係費や打ち合わせ名目の飲食費ばかりで、調査・研究費などは微々たるものだ。資金管理団体という名前がつけられたからには、収支を見ればその政治家の資金構造が把握できそうなものだが、実際にはそうなっていない。大半の政治家は複数の政治団体間で政治資金のキャッチボールをやっており、しかもその政治団体の届け出先は自治相と都道府県選挙管理委員会に分けていることが多い。このため、第三者が関連する収支報告書をすべて突き合わせながら政治資金の全体像をつかむのはほとんど不可能で、政治資金の世界はさながら巨大な迷路のようになっている。
何よりも支出構造を不透明にしている最大の要因は、資金管理団体から出ていく巨額の寄付・交付金だ。企業献金として人ってきた資金もいったん他の政治団体への寄付金として出ていってしまうと、その後の使途を追跡するのは難しい。裏を返せば、使途を明らかにしたくないためによそへ移し替えているとさえ思えてくる。
実際、人件費や事務所費などの経常経費がゼロで、支出の全額が寄付・交付金という衆議院議員が二十五人いた。彼らにとって資金管理団体は、企業献金の受け皿でしかないようだ。寄付・交付金が支出の半分以上を占めたのは百九十四人を数える。また金額が五〇〇〇万円以上の衆議院議員は六十七人で、そのうち一億円を超えたのは十八人だった。さらに二億円以上だったのは山崎拓氏(二億七四三〇万円)と安倍晋三氏一一億七二三九万円)の二人だ。
安倍氏の寄付先は全額、選挙区と東京にある自分の政治団体だっだが、旧渡辺派を取り仕切る立場にある山崎氏の場合は他の政治家への寄付が一億円近くを占めていだ。ほとんどが同じ派閥の議員に対するもので、四十を超える政治団体と自民党選挙区支部に対して一回一〇〇万円程度の寄付を延ベハ十回以上している。旧渡辺派の政治団体「新政治調査会」とは別に寄付することによって、息のかかっだ議員を派内に増やすことができる。それがひいては党内で地歩を固めることにつながっていくわけだ。
個人献金で政治家を取り戻せ
四年前の政治資金規正法の改正は政治改革の一環と位置づけられ、衆議院の小選挙区比例代表並立制、政党助成制度の導入と一緒に行われだ。その際、国民一人がコーヒー一杯分(二百五十円)のコストを負担するかわりに、企業献金を将来は廃止することが約束され、改正法の付則にも二〇〇〇年に政治家の資金管理団体に対する企業献金を禁止し、政党に対する企業献金も見直すことが明記された。
ところが今回、自民党が社民党に対抗してまとめた斡旋利得行為に関する法案は、政治資金規正法に基づく献金を処罰の対象にしていない。収支報告書に記載してあれば、口利きの見返りとして報酬を受け取っても違法でなくなるというわけだ。この法案には企業献金廃止の流れを押し戻そうとする意図すら感じられる。
経済界には「企業献金を廃止して、個人献金と政党交付金で政治資金をまかなうのが望ましい」という声が強いが、実際には個人献金の伸びは鈍い。九六年中に衆議院議員の資金管理団体へ人った個人献金と党費・会費(以下、個人献金等)を集計してみると、その総額はおよそ四一億円で、企業献金のおよそ四割だ。個人献金はすべての政治団体で受け取ることができるので、実際の個人献金等の総額はもっと多くなるはずだが、資金管理団体における企業献金と個人献金等の比較を試みると、それぞれの議員が所属する政党の体質が浮かび上がってくる。
企業献金よりも個人献金等のほうが多いのは新党平和と社民党の二党だけで、創価学会が支持母体の新党平和は個人献金等が五倍以上、社民党は四倍弱となっている。逆に自民党は企業献金のほうが三・六倍多く、自由党もー・七倍だ。
一方、「市民が主役」をスローガンにする民主党は少し複雑だ。全体では企業献金が個人献金等より五割増しといっだところだが、四月に新・民主党として再出発する前の所属政党で見てみると、この政党がかなり体質の違う政治家だちの寄り合い所帯であることがはっきりする。グラフは、議員一人の平均額を示しだものだが、個人献金等と企業献金の合計の多寡もさることながら、その比率の違いが際立っている。旧民政党と旧民主改革連合が比較的似だバランスに見えるが、旧民改連で企業献金が多いのは一人だけだ。
民主党議員の旧所属政党別献金額
旧新党友愛と、もともとの民主党は二つの献金がほぼ同額になっている。だが、旧新党友愛がかつての民社党からの流れを汲む同じグループなのに対して、民主党の内部は社民党出身と、さきがけ出身などの元自民党系に二分されており、元社民党系が個人献金、元自民系が企業献金に依存しているというのが実情だ。自民党に対抗して野党結集した民主党だが、これでは政策面でどのような対抗軸を打ち出せるか心もとない。
二〇〇〇年の企業献金廃止を実現するにはどうすればよいのか。選択肢は二つしかない。政党交付金を増額するか、個人献金を増やすかだ。どちらを選ぶにしても政治資金の「支出」のスリム化と透明性の向上が前提になる。政治資金の扱いを資金管理団体に一元化することは最低条件だ。そのうえで選ぶ道は個人献金の増加しかない。なぜなら、税金から一定額が自動的に支払われる政党交付金では、使うほうが無責任になるだけでなく、その使途に対する有権者の関心も低くなるからだ。
個人献金をするといっても、一人が何万円も出す必要はない。企業献金の三九八億円、政治資金パーティー収入の一九八億円、さらに政治団体からの献金のうち各種業界の分がその半分の二八〇億円として、合計八七六億円。全人口で割れば七百円、成人だけで負担しても九百円でお釣りがくる計算だ。
しかも、選挙の投票権は自分が住んでいる選挙区でしか行使できないが、個人献金なら北海道の人が沖縄の政治家を支援することもできる。その意味では、個人献金は一つの政治参加になるだろう。献金相手を探す過程で、政治に対する関心が高まるという効果も期待できる。なにより、千円札一枚あれば、使い走りのようなことをやっている政治家を業界や特定企業から取り戻せると思うだけで十分楽しいではないか。

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